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平成二十三年 長月 利休忌のこと

足早に境内を抜けて瑞光院に入ると、まさにお茶席がたつところであった。受付の女性の方に奥の茶室に通してもらう。どうやらこのかたも、同じ席に入られる様子。幸運にも勝手かわからない席で懐紙の持参も忘れた私に丁寧に説明してくれた。席は二間をつなげた広めの部屋。軸は先代の大徳寺の住職の書。秋の花が二三投げ込まれた竹編みの花入れ。菓子は季節の生菓子に落雁、ふのやきであんを包んだもの。手前席から離れた方の床には栗の香合、柿右衛門の掛けもの。

風炉、水差し共に初秋の利休忌をしのぶ詫びしさがある。亭主は気さくに座を崩すように進めてくれた。ジーンズとTシャツ姿の私を皆温かくむかえいれてくれた。楽しい。一言そう感じる時間。かいた恥すら清々しい。

正客から平茶碗が回ってきて見聞させていただく続いて各客に水屋からたてだしがはこばれてくる。一服目は薄茶。器もそれぞれに面白い。もう一服、濃茶で統一された器。黒塗りに金の紋様。並ぶと場がしまる。この日は棗など拝見させていただき、お開きとなる。

他の院でもお茶席が開かれていたが、なかなか混んできたので、大徳寺をあとにする。

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