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アートとテクノロジーの関係 - The collaborative work - Art and Technology

 *English follows Japanese

アートとテクノロジー。相反するようなこの2つの世界は互いに親密に連携しあって、多くのサービスや製品を提供し続けています。ともすれば感性と論理の違いが有るような印象も受けますが、人間の脳が右脳と左脳で役割を持って機能するように、アートとテクノロジーは多くの場面で連携しています。今回は、それぞれどういった恩恵をうけているのかについて残そうと思います。


アートがテクノロジーから受けている恩恵

はじめに、アートがテクノロジーから受けている恩恵について大きな2つの恩恵を解説します。

1つ目は、想像しやすいところかと思いますが、制作作業の効率化と品質の向上です。古くは筆や絵の具、キャンパスなどから、最近のデジタルツールまで、テクノロジーから生まれたツールが、アート作品の制作をより効率的に、そして質の高い作業を可能にしてきました。

2つ目として、新しいテクノロジーがアートを革新することがあります。例えば、写真のテクノロジーにより、ポートレートや風景画など記録のためのアートは写真へと移り変わり、そして写真自体もまたアート表現のフィードとなっています。いまでは、3D や、落合陽一さんがやっているような科学理論をつかったアートまで、最新のテクノロジーが表現の手法を拡張することで、アートのフィールドも広がっています。

テクノロジーがアートから受ける恩恵

それでは、テクノロジーがアートから受けている恩恵にはどのようなものあるでしょう。ここでも2つほど紹介します。

1つ目は、機能面から開発されたサービスやプロダクトのUI やUx を向上できることです。にとって使いやすいなと思うプロダクトや、シンプルで快適なサービスというものは、多くの場合、機能を開発するエンジニアとユーザーの体験をデザインするデザイナーとが組んで開発していることが多いです。五感にどう訴えかけていくと良いかは、やはりアートのエリアからの恩恵となります。

もう一つは、イメージしにくいかもしれませんが、アートの考え方を、新しいテクノロジーの開発や研究に役立てる。アート思考です。アート思考とかDesign Thinking という言葉を聞いたことが有る方はいらっしゃるかもしれませんが、この根底にはアートを制作する際に行われるプロセスがあります。例えば、この絵を見てください




出典:https://stock.adobe.com/jp/images/isolated-watercolor-bananas-on-white-background/121781607?prev_url=detail

「これは何でしょう?」と聞かれたら多くの人が「バナナです」とか「バナナの絵です」と回答すると思います。ただ、そこで「白い紙に黄色い絵の具が付着しています」という考えもできますよね、というのがこのアート思考の第一歩となります。常識や先入観といったものを取り払い、色々な角度から現場を観察してアイディアを出していく方法です。実際にアート思考やDesign Thinking ではそこから再構築して、アウトプットするまでの作業を意味しますが、テクノロジーがアートから受ける恩恵としては、とても重要な恩恵となります。


このように、アートとテクノロジーはいま、急速にその連携を強めており、良い製品やサービスがどんどん生まれています。今後は、商用利用だけでなく、教育や行政などもっと幅広いエリアで活用が進んでいくことが考えられます。



Art and Technology...  It sounds completely different or opposite things, but now, lots of great products and services are made by collaborative work of Art and Technology.   Art sounds "Sensitiveness", Technology sounds "logic".   Like as human brain working with Right and Left brains, Art and Technology work together and make something beautiful stuff.

What Technology gives to Art?

Technology enables creating Art process more efficiency and improve quality.  Historically, painting blush, paints, paper, and recently Digital tools, were made by new technologies.  They enables artists creating products/services more efficiency and improve its quality.

In addition, Technology innovate Art.   For example, Photography changes paintings, and itself also has been Art.   Now, 3D art, mixed reality, or any other new science logics has made artists change how they express art with those new technologies.

What Art gives to Technology?

Most of physical and digital products and services are designed from feature, in case design is done by engineers.   Now, but, User Interface and User Experience has been really important in design.   Simple, Intuitive, and comfortable products and services should de considered how they impress people five senses.  From this perspective, Art makes big positive impact to technology with their collaborative work.

Another Art value for Technology is process and framework how to create Art.   So called - Design Thinking.    For example, please look at the drawing below, and what is this?

出典:https://stock.adobe.com/jp/images/isolated-watercolor-bananas-on-white-background/121781607?prev_url=detail

I suppose that most of people answer "This is a banana" or "banana drawing".   But, we are also able to answer "yellow paints are on the white board or paper".   Using Art thinking skill, we are able to remove 'preconception' or 'common sense', and find idea from 360 degree view.   In Design Thinking process, we are able to find idea or issue using this process, and rebuild solution with similar out box thinking process.   This is another value for Technology from Art.


As I described, Art and Technology are getting faster and closer working together.   And, we are able to use better products and services.   It has been/will be applied to the other area - Education, Social, administrative, etc..   as well soon.

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